自己嫌悪の自己消化

今日、仕事上で若い人と喋る機会があった。
何と1992年生まれである。非常に勉強になるのであるが、同時に強烈な自己嫌悪に陥る。この感情は一体何だろうか。

前に会社の1991年生まれの女性と話す機会があって、その時もこの感情が沸いて来て、本当に遣る瀬無くなる。

やるせない。

どうにもならない。どうしようもない。
勿論過去には戻ることは出来ないし、つーか、戻そうとも思わないが、現実を目の前に突き付けられると、本当に卑屈になってしまう。
しかも、今回の若い兄ちゃんの父親の年齢が私と同年齢というのも更に拍車を掛けた。何なんだ、一体。

つーか、こないだの「相対性理論 - 【再生】集団ストーカーと三島の記録」で取り上げた40代男性の感情とおんなじだ。

この私が隣の芝生とはね。

別に全てを集ストのせいにしようとは思わない。
私も悪いのだ。私の対処の仕方が悪かったのもあるのだ。気付くのが遅過ぎたのもある。要は「選択」なのだ。勿論その前段階として「気付き」もあるが。

あの若い兄ちゃんに幸あれ。と思う。その気持ち。
加害者には絶対に出来まい。