加速する因果応報

前も書いたことかも知れないが、最近特に因果応報の体感速度のアップが感じられる。というか、以前にも増して更に加速しているように感じられる今日この頃である。
因果応報とは、それはまさに人に対して行ったある行為或いは何かしらの言動、そして若干抽象的ではあるが、人に対して思ったある特定の感情等が、いずれ何らかの形で自身に跳ね返ってくる現象、というか道理なのであるが、どうも特にここ最近になって、その因果の跳ね返りが早くなっているように感じるのである。

何故に、そんなに行き急ぐ必要があるのだ?!

などと思わんばかりの体感速度である。私は常日頃から人に対する行為言動等は、とにかく人に不快感を与えないようにすべく極力気を付けているつもりではあるが、そのような行為言動等さえ、跳ね返りが今までとは明らかに違う。

速い。しかも具体的。

まぁ尤も私の場合は、集団ストーカー被害者であるが故に、何処に行こうが人間関係は破壊を企てられ、従って仕事も必然的に追われといったことを繰り返してきているわけであるが、やはりここに来て、本当にどうやらゼロサムゲームでは賄い切れない、トータル的に見て明らかにマイナスと判断せざるを得ない状況に在ることも影響してか知らないが、いや、それは多分にあるのであろう、というよりもむしろ、それこそが今回のこの状況の根源なのだろう。

見るもの、見えるもの、聞くもの、聞こえるもの、そこに在るもの、そこに居る人、すなわち私の今の周りの状況、これは全ていつまで、それがそれで在り続けるのかは定かではないが、いや、そんなに遠くない将来、それは突如として音も無く変化する、或いはそれを規定するのは、やはり明らかにそれは私自身に拠る、従ってこれからも尚一層私は私自身を律しなければならないと今改めて思い至って書いたまでである。

事実上の2012年を迎えようとしている、この現代という時代というか歴史舞台と、そしてこれからの変遷は、私の目の前に広がる紛れもない虹そのものなのである。